助成者インタビュー
Interviewパラ水泳
岡島貫太さん
2004年生まれ 愛知県出身障がい者スポーツ支援
インタビュー:2024/11/08
インタビュー第5弾は、大学生スイマーの岡島貫太さんです。
生まれつき、右上肢に障がいがある岡島さんは、幼少時から地元のスイミングスクールに通って、水に親しみ、様々な泳法を習得しました。
中学生のときに選手発掘事業に参加したのがきっかけで、活躍の場をパラ水泳に移すと、めきめきと力をつけ、2023年の杭州アジアパラ競技大会(中国)日本代表になるなど、トップスイマーとして活躍しています。
現在は、日本福祉大学に通う3年生。2021年、2023年、2024年に当財団の助成を受け、ますます活動の場を広げている岡島さん。今回は、パラリンピックに出場するために取り組んでいることや目標についてお話を伺いました。
インタビュー:2024年11月8日
幼い頃から水泳一筋!
水泳を始めたのは、5歳の頃です。4歳上の姉の影響でスイミングクラブに通い始めたのがきっかけでした。
僕は、生まれつき右上肢に障がいがあるので、手を使ったスポーツはできません。
それでも、幼い頃から鬼ごっこは好きだったし、みんなと同じように自転車にも乗っていました。サッカーにも少しだけ挑戦してみたことはありますが、球技はセンスがないみたいで(笑)。それに外反偏平足ということもあって、走るのも得意ではなかった。プールの中が一番、自分を表現できる場所でした。
中学には水泳部がありませんでしたが、夏場だけ期間限定で水泳部のような活動があり、プールで泳がせてもらいました。
練習量を増やしたいと考えて、当時のスイミングクラブに選手コースに入りたいと相談したこともありましたが、年齢のせいなのか、障がいがあるからなのか、各種大会の上位入賞を目指す選手コースには参加できませんでした。
それでも、やはり水泳に本気で取り組みたい気持ちは強かったので、中学2年生で愛知県内の障がい者水泳チームへ。環境を変えて週5回、泳ぎ込みました。
目指すのは世界の舞台
中学2年生のとき、覚悟を決めて練習に取り組むようになったのは理由があります。豊田市の大会に出場した僕は、試合で負けて徹底的に打ちのめされました。
健常者スイマーに太刀打ちできなかったんです。
そこから、自分がついていけるメニューでしっかり練習をする大切さに気づき、これまで目を向けていなかったパラスポーツの世界ものぞいてみようという気持ちになりました。
そんなときに母が未来のオリンピック・パラリンピックを目指すタレント発掘プログラムである「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(J-STARプロジェクト)」の募集を見つけてくれて応募。合格したのを機に、パラスポーツの世界に飛び込みました。
パラリンピックについては、なんとなく知っていましたが、障がいの程度で分けられるクラスや競技についてはJ-STARプロジェクトで少しずつ学びました。
自分がいわゆる障がい者なのだと実感したのも、パラスポーツを始めてから。僕は片手が短いだけで、生活するのに困ったことはなかったですし、J-STARプロジェクトに参加して初めて障がいのある選手と知り合い、「こんなところに仲間がいたのか」と驚いたものです。
助成を受けた2021年、2023年、2024年の活動に関して
現在は日本福祉大で学びながら、主に大学のプールで練習しています。
通学は電車で片道1時間半かかります。電車移動は慣れていますが、社会人になったら車移動も必要になると思うので、自動車教習所に通う費用をつくるために大学でオンライン教材に関わるアルバイトを始めました。
授業のない土曜もプールを利用するために大学に通っていますし、今の練習環境には感謝しているのですが、競技を行っているとどうしても遠征時の旅費がかさみます。
全国各地で行われる試合に出場するためには、エントリー費はもちろんのこと、交通費や宿泊費も必要です。学生の身分ですから、すべて親に払ってもらうわけにもいかず、助成金に助けられています。
僕の専門は50m自由形。パワーが必要な種目なので、フィジカル強化が必須です。大学の授業の合間に、学内のマシンジムでトレーニングを行い、筋力アップに努めています。
2023年に杭州アジアパラ競技大会に出場して以降、筋力アップに注力するようになり、左上肢だけでなく、障がいのある右上肢も鍛えて残存機能をフル活用させたいと考えるようになりました。
そこで、両手で重りを挙げるデッドリフトなどのマシンを使えるように、トレーニング用義手の製作を試みました。
僕の右上肢はすべての指が欠損しているわけではなく、残っている部分も多い。だから、特別な形状の義手を作らなくては装着が難しいということで、義手製作は暗礁に乗り上げていますが、そういった高価な装具の検討も助成金があるからチャレンジできます。
泳ぎの動画を見ても左右バランスが悪くて、重心がずれているので、トレーニングでバランスをよくして、もっとかっこいい泳ぎを追求したいです。
あこがれの対象になる選手に
様々な取り組みの結果、楽に泳げるようになってきているので、次のシーズンこそは好記録を出して2025年に行われる世界選手権(シンガポール)の日本代表に選ばれたいです。
2024年のパリパラリンピックには出場できず、同年代の日本代表選手が出ているのをテレビで見て、悔しさを味わいました。パリは終わったけれど、出場条件だったタイムをまだ突破できていないので、自分の中ではそのタイムを突破してから次のステップに進みたいと思っています。
そして、2026年には地元の愛知県でアジアパラが開催されます。前回の杭州大会で50m自由形(S9)はタッチの差で敗れて4位でした。次こそは必ずメダルを獲れるようにしたいです。地元の友だちも見にきてくれると思いますし、やってやるぞ、と気合いが入ります。
最近、パラ水泳を始めた頃を思い返しているのですが、当時心に誓ったように、だれかに憧れてもらえるような選手になりたいです。僕も先輩たちの背中を見ていつも勇気づけられていますが、いつか僕を見てパラ水泳を始めた、という選手が出てきてくれたらこの上なく嬉しいです。
岡島さんの憧れは、リオパラリンピックの50m自由形で銅メダルを獲得した山田拓朗さんです。2023年9月、山田さんの引退レースとなったジャパンパラ水泳競技大会は2人が共に泳ぐ最後のレースに。50m自由形のレースで、山田さんが27秒03でフィニッシュしたのに対し、岡島さんは26秒71の自己ベストで先着しました。最後のチャンスで初めて憧れの人に勝利した岡島さん。涙を流して喜んだ姿が印象的でした。